写真選評 |
硝子の中に
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●白井達男 (アサヒカメラ編集長)
「見えているんだか見えないんだか判らなくなってきた」。これは会場を一回りした一女性が友達に洩らした言葉である。それほどこの展覧会に並べられた作品は漠然としている。なぜならすべてがウインドに反映した外界をとらえたもので、外のものと内のものが混然一体となって不思議な幻覚を主張するからであろう。不覚にも私は「これ、モンタージュもあるんですか」と尋ね、「すべてガラスの反映です」と、安田氏にピシャリとやられた。安田稔氏、彼の作品に始めてお目にかかったのは、アサヒカメラのフレッシュアングルだった。「祈り」と名付けられたその作品は、伏見稲荷を撮ったものだが、赤い鳥居と狐の写し方が並のものではなく、幻想的だった。安田氏は「祈り」と今回の作品を切り離して考えるが、延長上の昇華したものと思われる。39枚の白黒写真はすべてPCニッコール35ミリで写されたものだという。PCのアオリを使用して、雲、太陽などをほしい位置に持ってきて、反対に自分の姿を消した。このレンズのこのような使い方は始めてのものといえる。撮影中に発想が乱れると喫茶店に入り、音楽を頭に詰め込み、それを画面に放射した。その4年間の成果が「硝子の中に」である。「幹を作ろうとしたが、結果的には枝になってしまった」と安田氏はなげくが、そうあせることはない。幹はかなりできているのである。 |
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●田中雅夫 (写真評論家)
安田稔氏は先に東京展(大阪光芸展 PENTAX GALLERY)を行った大阪光芸クラブの会員らしいが、ショーウインドーの中にある品物とガラスに映った街景とをストレートに写してモンタージュのように見せたり、実際に街景にスキーや雪景をモンタージュさせたりする技法をいろいろ使いわけて狂騒的な写実主義ともいうべき空間構成を行っている。花とビルとか、キャンバスと街路樹とか、ハンドバックが空間に浮かんでいたり、ポエムの世界とマダムタッソーの蝋人形とがいっしょくたになったみたいな不思議な画面だが、作者の目は複眼的に対象に向かっているので混乱はなく、色が適度に抑制が効いているのとあいまって独自の表現になっている。ただこの作家は形式にしばられ、技術に振り回されることさえ注意すれば面白い存在になるのではないか。 |
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’1974 日本フォトコンテスト
12月号 |
「GALLERY 」 |
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●田中雅夫 (写真評論家)
こういう「写真をギャラリーのウインドーのなかに雪山の風景写真が飾られていて、ウインドーのガラスに向かい側の建物が反射して映っていてモンタジュのような効果をあげているのだ」といったように説明するのは、作者の生の内側にある鮮明な感情をいちじるしく害するものだ。この画面は雪山の写真と都会の実在の建物とが物理的光学的に重ね合わされたのではなくて、都会の構成的な建造物のなかに雪に覆われた冬山の景色が自然に融け入っているのであり、その両者は途切れなく連なって作者の心象風景を形成しているのである。これはある意味では見えるがままに描写する遠近法の否定であり、視覚よりも精神のイメージを重視した表現といえるが、作者の生き生きした感情を映像化するには自分のもっともそれに似つかわしい方法でやるのがいちばんいいという例証にもなる写真である。 |
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この写真展ではいろんな方々にご来場頂いた。東京では、三木淳氏・佐藤明氏・山岸章二氏・東松照明氏・中田和昭氏・村岡秀男氏・木村仲久氏等。また植田正治先生の米子ギャラリーでは植田正治先生・渡里彰造氏・サークルUの方々、特に植田先生には月例の審査で東京に行かれていたにもかかわらず、初日オープンに間に合うよう朝一番の飛行機でご来場願った。また遠方より親友の村岡秀男氏も駆け付けて頂いた。 |
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